バイオマスカーボンの可能性を探って
COP29(第29回気候変動枠組条約締約国会議)は、2024年11月11日から24日までアゼルバイジャンのバクーで開催され、主要な議論の1つとして有機物の廃棄方法がありました。その理由は有機廃棄物の不適切な処理(埋立処分や不完全な分解)により、メタンガス(CH₄)が大量に発生し、気候変動の要因となるため対策が必要であるからです。
- メタンは、その温室効果が二酸化炭素の約25倍に達するため、気候変動対策における主要なターゲットとされています。
- 国連の「メタン排出削減枠組み」(Global Methane Pledge)を達成するため、有機廃棄物から発生するメタン排出削減が必要不可欠です。
低環境負荷で炭化を行う技術が注目を集めております。当社開発の低温炭化する装置「カーボプロ」が、有機系廃棄物の環境負荷を低減する対策として注目を集めております。日本では毎年約570万トンの食品廃棄物が発生しており(農林水産省、2022年)、それらの有機系廃棄物を200度以下で低温炭化する装置「カーボプロ」で炭化することは、「メタン排出削減枠組み」を達成する切り札となります。
さらに当社では循環型社会を加速させるために、「カーボプロ」によって炭化されたバイオマスカーボンを有効的に活用する方法を検討しております。今回その取り組みの一つとして、黒鉛化することでバイオマス由来の工業製品材料として活用できるのではないかと考え、検討を開始しました。
株式会社クロスイーでは、カーボンに関する高い技術を持つ、株式会社TYK(本部:岐阜県多治見市)明智工場内の「炭素材料研究所」に、バイオマスカーボンの活用方法について相談。まず黒鉛化テストを依頼し、その試験結果から、バイオマスカーボンの可能性を探ることにしました。
インタビュー
株式会社TYK
明智工場
炭素材料研究所
博士(工学) 加知岳志所長

炭素材料研究所の取り組みについて

株式会社TYKは、 鉄鋼メーカー向けの耐火物をメインに扱っている会社です。1947年に東京窯業株式会社として設立され、これまで大手鉄鋼メーカーに製品を納品してきました。
炭素材料研究所は、カーボンを含んだ製品をメインに扱っています。長年培ってきたカーボンの技術を生かして、カーボンとセラミックスをうまく混ぜ合わせて、何か新しい製品を作ろうと取り組んでいます。
EVや蓄電池など、今後成長が見込める分野の製品を開発していますが、特に今、重点的に取り組んでいるのは電池材料分野です。
電池材料には正極材と負極材があります。負極材はカーボン系の材料が使われることが多いため、負極材の熱処理に使用する容器としては、カーボン材料が適しています。ですから、カーボン製の容器の中に原料を入れて、1000℃以上の温度で熱処理をして、電池材料に使えるような状態にします。その時に使う容器であるカーボン匣鉢(こうばち)も製造しています。こういった高温処理の技術なども活かして、今回、カーボン材料を製品に適用できる可能性を探ることにしました。
カーボン匣鉢は、現在は大半が中国製であり、巨大なブロックをカットしてくり抜いて箱の形にしているので、原料のロスが多い製品です。ですが当社では、最初から箱の形に成形して使えるものを研究・開発しています。業界では「ニアネットシェイプ成形」と呼ばれる、ロスが少ない製法です。つまり、材料になる高純度カーボンと、成形の仕方をどちらも研究しています。
炭素というのは、耐火煉瓦のように熱に強いと同時に、熱伝導率が高いという長所もあります。熱に関しては、伝わりやすい方が作る炉の長さを短くできたり、温度を低くできたりといったメリットがあるので、カーボン匣鉢には高い伝熱性が求められます。一方で、負極材に不純物が混じると事故につながる恐れがあるため、熱処理に使用するカーボン匣鉢には高い純度が求められます。
他に開発を進めている製品としては、部品製造の際の熱対策材である黒鉛シートや、ブレーキパッド、抗菌材などが挙げられます。ブレーキパッドに関しては開発的な要素が強いのですが、 実際に製品として、風力発電機やレース用の自動車に使われています。
今後、高純度のカーボンが実現できれば、こういった製品への展開も考えられます。
企業がバイオマス由来の材料に代替していくメリットに関して

私たちは、元々コークスや天然黒鉛といったカーボン系の原料を使っていますが、今、カーボンは戦略物質の一つになっています。産出できる国が限られていることから、その国が政治的な理由で輸出を止めたり、関税を高くしたりしているといった背景があります。
カーボン匣鉢に関しても、海外で作られたものを日本が輸入しているのが現状ですが、今後は海外からの輸入が途絶えるのではないかという懸念があります。
一時期は実際に輸入しにくい状況となり「安定して入手したい」と考える企業様各社が、当社で製造していることを聞きつけ「日本国内でカーボン匣鉢を製造できる会社を探していた」と、コンタクトをしてきてくださいました。
日本国内にもカーボン製品を扱うメーカーは複数ありますが、海外で製造したブロックを輸入し、日本で加工・製品化して販売しているケースが多いです。国内でカーボン匣鉢を原料工程から製造しているという例は、私の知る限りでは、当社以外は他にないのではないかと思います。
燃料の代替として使用されるコークスは、日本国内で製造していますが、その元になる石炭は輸入に依存しています。今や石炭は戦略物質の一つであり、輸入が止められることも考えられます。こういった国際情勢の中で、バイオマスカーボンは、新たなカーボン材として様々な製品に使えるのではないかと考えています。企業様には、国産材料の品質や、納期やコストの面で安定供給されるメリットを感じていただけるでしょう。
高純度カーボン素材の特殊炭素製品(特炭材)を使用するユーザー企業の期待値
現在は、どの企業様もカーボンニュートラルを意識しています。今は純度が低いとしても、今後高純度カーボンが実現できれば、特殊炭素製品をバイオマス由来の材料に変更したいと考えるお客様は多いはずです。
CSR(企業の社会的責任)などの企業の評価には「カーボンニュートラルに対する取り組み」といった項目も見られ、カーボンリサイクルなどを希望されるお客様も増えています。
やはり、地球に優しくCSRを果たすことができる、バイオマス由来のカーボンを使用するということは、導入企業様にとっても強みになり、うまくアピールできれば、競争力の向上に繋がるのではないでしょうか。
今回のテスト結果について

試験では、キノコ廃菌床を独自に熱処理した炭化物を成分分析して、不純物を測定しています。このキノコ廃菌床は、栽培の際に一度しか使用されないものを再利用しています。
今回は、温度を変えた炉で熱処理したものを3つ用意しました。濃い茶色のものが、キノコ廃菌床を炭素化する「カーボプロ」(株式会社クロスイー)で処理したものです。黒色はさらに低温処理したもの、灰色は高温処理で純度を上げたものです。
これらのバイオマスカーボンにバインダー(結合剤)を混ぜて成形、焼成して、工業製品化を目指しています。1番の理想は、「カーボプロ」で熱処理したものを原料とすることですが、やはりまだ揮発分が残っているため、焼成時に変形を起こしやすいです。揮発分をさらに蒸発させた後なら、成形することができるのではないかと思います。
黒色のものは、コークスと比べるとまだ不純物が多いのですが、分野によってはそこまで不純物を気にしない業界もありますから、従来の天然由来の黒鉛の代替えになる可能性はあると考えています。もっと単純なカーボン製の板材や、多少の不純物が混ざっても差し支えない、カーボン匣鉢に代わる製品として使用できるかもしれません。
また、カーボンは持ち運びに軽量で、錆びることがなく、金属に比べると加工もしやすいです。強度がありながら、希望の形に加工できるようであれば、用途は広がります。
また、より高気孔率のカーボン材など、新しい素材を作りたいとも考えています。当社では抗菌資材も開発していますから、例えばカーボンに抗菌成分を含ませて、ガスや液体を流した際にフィルターのように不純物を取り除く、といった用途展開も可能性があります。これも、環境や人体に優しいカーボンの特性を活かした製品だと思います。カーボン使った活性炭もありますが、それに近いような性能も出せるのではないかと期待して、様々な用途を視野に研究中です。
カーボンには、サッカーボールのようなネットワーク構造をした「フラーレン」や、同軸管状になった「カーボンナノチューブ」など、機能的カーボン素材があります。まだ判明していないような特殊な使われ方もあるのではないかと思います。
輸入材料の値段が高騰する中、国内で調達でき、これまでは捨てられていたエコな材料でカーボン材が賄えるとなると、様々な可能性が広がります。また、今後は政治と経済活動の面からも、海外との関係が見通せない状況です。国産カーボンの国内での安定供給は、企業様にとっても有用性が高いことになるのではないでしょうか。
地球の産物であるカーボンが、長い年月を経て石炭や石油になり、それを私たちが利用しているわけですが、従来は捨てられてきた有機系廃棄物の材料を、より短時間で炭化して活用するということは、地球に対する負荷低減であり、先進的な考え方です。 そしてこういった技術は、これからも地球で人類が永続的に発展していく上で、必須と言ってもいいものではないかと思います。
終わりに
今回の試験により、弊社としてもバイオマスカーボンの新たな可能性が見えてきました。取り組みはまだ半ばですが、引き続きスピード感を持って臨み、技術力を上げていきたいと考えています。
(依頼元 株式会社クロスイー 代表取締役CTO 工学博士 小林敬幸)